Si je tombe dans l'amour avec vous
C-2-6 心の鍵②
「お帰り。ごめんね、先に帰っちゃって。」
にこりと微笑んで見せたのは、妻として、女としての余裕とくだらないプライドを智に見せつけるためと、自分の心を守るため。
今日の事は何も気にしてない。そうやって笑って見せれば、誰も私の笑顔を疑ったりなんかしない。
にこりと微笑んで見せたのは、妻として、女としての余裕とくだらないプライドを智に見せつけるためと、自分の心を守るため。
今日の事は何も気にしてない。そうやって笑って見せれば、誰も私の笑顔を疑ったりなんかしない。
私が長年を経て作り上げた完璧な笑顔の裏に隠された真実を見抜ける人は、誰もいない。勿論、智も簡単に騙された。
「――いや、無事なら良い。」
髪から滴る水滴をタオルでガシガシと強く拭き取りながら、いつもより低めの声でそっけなく返事が返ってくる。
その濡れた髪を拭う動作を見て、嫌悪感を感じてしまったのは、あの女のせい。
チリッ と、心が焼けるような痛みに囚われ掛けていた私を、現実に引き戻してくれたのは、いつの間にか私と手を離し、ダイニングテーブルの椅子に座っていた小さな天使だった。
「おねえちゃん、はやくはやく。」
両手にナイフとフォークを持って、私ににこにこと微笑むあやめちゃんは、私の葛藤や、大人の勝手な都合も、何も知らない。だから救われる時もあれば、逆に疎ましく感じ得る時もある。
果てして今はどちらだろうかと、どうでもいい事を考えていた私の耳に飛び込んできたのは、楽しそうな女性の声だった。
「あやめは本当に吉乃ちゃんが好きなのねぇ~。」
ワイングラスを持ってクスクスと上品に微笑むのは、あやめちゃんのお母さん。
あやめちゃんは、その人に満面の笑みを向けた。
「うん。あやめはママのつぎにおねえちゃんがすき~。おねえちゃんは、だれがいちばんすき?」
悪意がないからこそ、この手の質問には答えにくい。だけど、この手の答えはあの一言で解決できる。だから、私はその答えをするりと出した。
「ありがとう。私もあやめちゃんが好きよ?」
けれど、あやめちゃんは誤魔化されてくれなかった。あやめちゃんは、私が今、最も答え難い返事を要求してきた。
「じゃあ、さとしおにいちゃんは、なんばんめ?」
--ズキッ・・・。
どうして胸が痛んだのかは判らなかった。
だけど、それを敢て言うなれば、その問いに答えることへの恐怖だったのかもしれない。
あやめちゃんには、本当に悪意なんてないんだろう。
あるのは、純粋な好奇心と、好意だけ。
大人みたいに、下手な腹の探り合いや、駆け引き、騙し合いや悪意なんて必要ない。
だから、こんなにも無垢で、何でも言える。
「おねえちゃん、どうしてないてるの?」
中々答えられず、固まっていた私は、その言葉に我に返り、「泣いてない」と言おうとした。けど、その前に、私は傍にいた智に、胸元に抱き寄せられ、嗚咽を漏らし泣いていた。
(なんで泣いてるの?)
悔しいから?寂しいから?寒いから?
いいえ、違う。
答えは怖いからだ。
確かに今の私と智は、以前とは比べようもなく、夫婦としての仲は改善され、修復されている。だけど、まだ、私と智の間に子供はいないし、授かる確率も低いまま。
綾橋の家の人は知らないのだろうけど、私は偶然聞いてしまい、知ってしまった。
病気になったのは仕方なく、私のせいでもない。だけど、あっちの方は・・・。
その言葉を偶然聞いてしまった日から、私は、怖くて怖くて仕方がない。
不安は、いつ、いかなる時でも私を襲い、消えたりしない。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。役に立たない妻で。嫁で。)
恐怖心と本音を曝け出す事も出来ない、弱い私は、泣いていた理由も言わずに、必死で笑顔を浮かべ、あやめちゃんの質問に答えた。
「私にとっての智お兄ちゃんは、自分より大切な人なの。代わりの人なんかいないくらい、大切で、ずっと傍にいたい人で、大好きな人。」
今は何も言えないけれど、いつかは全てを話し、受け入れて欲しい人。
(ねぇ、神様。)
もし、本当にいて、私の我儘を聞いてくれるのなら、もう少し私に時間と――を下さい。
永遠なんて求めないし、願わないから。
せめて、心の中から溢れるくらいの楽しさと、幸せな想い出を作れるだけの時を・・・。
それを叶えてくれるのなら、私は神であろうと、悪であろうと魂を売る。
そんな私の何かに感付いたのか、あやめちゃんが急に私に問いかけてきた。
「おねえちゃん、しんだりなんか、しないよね?パパみたく、きゅうにいなくならないよね?あやめをおいてかないよね?」
あやめちゃんの必死さは可哀想だけど、やがて訪れる終焉を変える事なんて、誰にもできない。その代わり、私は精一杯生きよう。だから。
「あやめちゃん、今日はお姉ちゃんと智お兄ちゃんと、あやめちゃんの三人で寝よう?良いでしょ?智。」
涙を拭って、智に尋ねれば、智は声なく頷いてくれたけど、あやめちゃんは、私の急な申し出に驚いていた。
「おねえちゃん?」
オロオロと、どうしたらいいか、母親と私を見比べるあやめちゃん。
それでも、私は畳みかけるように、あやめちゃんに頼みこんだ。
「お姉ちゃん、あやめちゃんみたいな可愛い子が、ずっと欲しかったの。だからお願い。今日だけお姉ちゃんと智お兄ちゃんの子供になって?」
いくつかの本音と願いを口にし、あやめちゃんの必死な問いから逃げる。
きっと、約束をしてしまったら、あやめちゃんは悲しむだろうから。
全ては、あやめちゃんを傷つけない為。
そうして私はまた、間違った心の鍵を選んでいる事も気付かずに、怪しまれないように夜まで時を過ごした。
「――いや、無事なら良い。」
髪から滴る水滴をタオルでガシガシと強く拭き取りながら、いつもより低めの声でそっけなく返事が返ってくる。
その濡れた髪を拭う動作を見て、嫌悪感を感じてしまったのは、あの女のせい。
チリッ と、心が焼けるような痛みに囚われ掛けていた私を、現実に引き戻してくれたのは、いつの間にか私と手を離し、ダイニングテーブルの椅子に座っていた小さな天使だった。
「おねえちゃん、はやくはやく。」
両手にナイフとフォークを持って、私ににこにこと微笑むあやめちゃんは、私の葛藤や、大人の勝手な都合も、何も知らない。だから救われる時もあれば、逆に疎ましく感じ得る時もある。
果てして今はどちらだろうかと、どうでもいい事を考えていた私の耳に飛び込んできたのは、楽しそうな女性の声だった。
「あやめは本当に吉乃ちゃんが好きなのねぇ~。」
ワイングラスを持ってクスクスと上品に微笑むのは、あやめちゃんのお母さん。
あやめちゃんは、その人に満面の笑みを向けた。
「うん。あやめはママのつぎにおねえちゃんがすき~。おねえちゃんは、だれがいちばんすき?」
悪意がないからこそ、この手の質問には答えにくい。だけど、この手の答えはあの一言で解決できる。だから、私はその答えをするりと出した。
「ありがとう。私もあやめちゃんが好きよ?」
けれど、あやめちゃんは誤魔化されてくれなかった。あやめちゃんは、私が今、最も答え難い返事を要求してきた。
「じゃあ、さとしおにいちゃんは、なんばんめ?」
--ズキッ・・・。
どうして胸が痛んだのかは判らなかった。
だけど、それを敢て言うなれば、その問いに答えることへの恐怖だったのかもしれない。
あやめちゃんには、本当に悪意なんてないんだろう。
あるのは、純粋な好奇心と、好意だけ。
大人みたいに、下手な腹の探り合いや、駆け引き、騙し合いや悪意なんて必要ない。
だから、こんなにも無垢で、何でも言える。
「おねえちゃん、どうしてないてるの?」
中々答えられず、固まっていた私は、その言葉に我に返り、「泣いてない」と言おうとした。けど、その前に、私は傍にいた智に、胸元に抱き寄せられ、嗚咽を漏らし泣いていた。
(なんで泣いてるの?)
悔しいから?寂しいから?寒いから?
いいえ、違う。
答えは怖いからだ。
確かに今の私と智は、以前とは比べようもなく、夫婦としての仲は改善され、修復されている。だけど、まだ、私と智の間に子供はいないし、授かる確率も低いまま。
綾橋の家の人は知らないのだろうけど、私は偶然聞いてしまい、知ってしまった。
病気になったのは仕方なく、私のせいでもない。だけど、あっちの方は・・・。
その言葉を偶然聞いてしまった日から、私は、怖くて怖くて仕方がない。
不安は、いつ、いかなる時でも私を襲い、消えたりしない。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。役に立たない妻で。嫁で。)
恐怖心と本音を曝け出す事も出来ない、弱い私は、泣いていた理由も言わずに、必死で笑顔を浮かべ、あやめちゃんの質問に答えた。
「私にとっての智お兄ちゃんは、自分より大切な人なの。代わりの人なんかいないくらい、大切で、ずっと傍にいたい人で、大好きな人。」
今は何も言えないけれど、いつかは全てを話し、受け入れて欲しい人。
(ねぇ、神様。)
もし、本当にいて、私の我儘を聞いてくれるのなら、もう少し私に時間と――を下さい。
永遠なんて求めないし、願わないから。
せめて、心の中から溢れるくらいの楽しさと、幸せな想い出を作れるだけの時を・・・。
それを叶えてくれるのなら、私は神であろうと、悪であろうと魂を売る。
そんな私の何かに感付いたのか、あやめちゃんが急に私に問いかけてきた。
「おねえちゃん、しんだりなんか、しないよね?パパみたく、きゅうにいなくならないよね?あやめをおいてかないよね?」
あやめちゃんの必死さは可哀想だけど、やがて訪れる終焉を変える事なんて、誰にもできない。その代わり、私は精一杯生きよう。だから。
「あやめちゃん、今日はお姉ちゃんと智お兄ちゃんと、あやめちゃんの三人で寝よう?良いでしょ?智。」
涙を拭って、智に尋ねれば、智は声なく頷いてくれたけど、あやめちゃんは、私の急な申し出に驚いていた。
「おねえちゃん?」
オロオロと、どうしたらいいか、母親と私を見比べるあやめちゃん。
それでも、私は畳みかけるように、あやめちゃんに頼みこんだ。
「お姉ちゃん、あやめちゃんみたいな可愛い子が、ずっと欲しかったの。だからお願い。今日だけお姉ちゃんと智お兄ちゃんの子供になって?」
いくつかの本音と願いを口にし、あやめちゃんの必死な問いから逃げる。
きっと、約束をしてしまったら、あやめちゃんは悲しむだろうから。
全ては、あやめちゃんを傷つけない為。
そうして私はまた、間違った心の鍵を選んでいる事も気付かずに、怪しまれないように夜まで時を過ごした。
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