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Si je tombe dans l'amour avec vous

C-1-10 姑・桜の策略

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綾橋のお義母様こと、綾橋 さくらさんは、50代とは思えない若々しさと、スタイル、美貌を持つ人。 そのせいか、さくらさんと一緒に街を歩けば、ほぼ百パーセントの確率で声を掛けられている。

 

ベットを覆う、薄い緑色のカーテンを手早くまとめたさくらさんは、顔を綻ばせ、私に歩み寄ってきた。

「さぁ、吉乃さん?顔を良く見せて?」

 いつも笑顔を絶やさないさくらさんは、それと同時に非常にマイペースで、人がどんな状況にいようが、遠慮は一切ない。

 アレを見られ、聴かれていたんじゃないんだろうかと、モヤモヤ考えていた私は、それでも心配と迷惑を掛けてしまったのだし、と思いなおし、ゆっくりと伏せていた顔を上げた。

 さくらさんは満足そうに微笑みながらも、私の頬に手を伸ばし、柔らかな手つきで私の顔を挟み込むように包んだ。

 そして――。

「あらあら、すっかり痩せちゃって。どうせウチのバカ息子のせいでしょうけど。ごめんなさいね、吉乃さん。」

 頬にあったはずの手が、あっちをペタペタ、こっちをペタペタ、私の女として魅力のない身体のありとあらゆるところを撫で擦り、触れてくるさくらさんは、同性とはいえ、とても智の母親とは思えないほど躊躇いもなく、コミュニケーション能力が高いと思った。

「痛むところは無い?具合はどう?吉乃さん、貴女には綾橋の女として、この綾橋の家を継ぐ子供を産んでもらわなければならないのだから、病気には負けてはいられないわよ?」

 ――綾橋の女。

 その言葉を聞いた瞬間、私の心が急激に冷えていくのが分かった。

(私は、私だわ・・・。誰のモノではないのよ)

 暗く淀み始めた私をそのままに、さくらさんは尚も熱く熱弁を続ける。

「だから、絶対病気になんか負けないで、一緒にお家に帰りましょ?智さんの妻は貴女しかいないのだから。」

(智の妻は私しかいない?)

 意味が判らない。
 だいたい、私と智は夫婦でさえなかったのに、今更そんな事を言われてもどうにもならない。
 
 智にどういう事だ、という意見あいの込めた視線を向ければ、智はあやふやに笑って誤魔化した。
 
 確かさくらさんは、綾橋の女としてと、言った。
 でも。

(なんで、こんなに胸が痛むの?)

 これが最善だと思って行動し、決行したあの日。

 今更胸が痛むなんて、図々しいし、女々しい。そして何より醜い。

 徐々に自己嫌悪に陥り、暗くなり、俯いていく私に、智とさくらさんは私に言葉を掛ける。

「吉乃さん?どうしたの?」

「吉乃、顔を上げろ。」

 そんな事を言われても、顔は中々上げられない。

 手前がってな感情だけれど、情けなくて、悲しくて、切なくて、顔なんか上げられないし、こんな顔なんか見せられない。

 私の心の中で、ぐちゃぐちゃに鬩ぎ合う感情と理性。

 中々顔を上げられないでいると、さくらさんは持って来た鞄の中から大きな花瓶を取り出し、それをベットから少し離れた所にあるテーブルに置いた。

 花瓶は艶やかな白磁に、紅い染料で格子模様が引かれている質素なものだった。

「そうそう、言い忘れていたわ。」

 さくらさんは機嫌が良いのか、鼻歌を歌いながら、まるでそれが当然だという様にけろりと言った。

「吉乃さんと智さんの婚姻届だけど、提出しておいたからね。これで名実ともに吉乃さんは私の可愛い娘よ。あぁ、早く可愛い孫の顔が見たいわ♪最低、三人は欲しいわねぇ~。」

「・・・!!」

 驚きと孫発言に何も言えず、漸く上げた顔をさくらさんの方へ向ければ、さくらさんはウキウキと向日葵の造花を花瓶に生けていた。

(なんでそんなに明るくて、楽しそうなの・・・。)

 こっちは混乱してるのに・・・、と、恨みそうになった時、さくらさんはくるりと振り返り、にやり、と黒い微笑みを浮かべ、智を見た。

 さくらさんはその黒い微笑みを湛えたまま、黄色いクマのぬいぐるみを私のベットのサイドテーブルに置き、温かいお湯の入った洗面器と、タオルを何本か用意した。 

 さくらさんは手早くタオルを洗面器のお湯に浸して搾り、有無を言わさぬ勢いで迫ってきた。

「さぁ、吉乃さん身体を拭くから、パパっと服を脱いで頂戴?」

 言う事とやる事が人と違う。
 それもさくらさんの特徴だった。

 さくらさんは私が着ていた病衣の紐を解き、容赦なく上着を剥ぐように脱がし、慣れた手つきで絞ったタオルで身体を拭いていく。

 抵抗むなしく、剥かれた私は背中を丸めるしかなかった。その首もとで揺れる、小さな指輪。
 その指輪を見たさくらさんは、更に笑みを深くした。
 
「まぁまぁ、吉乃さんったらなんて可愛いのかしら。それ、智さんが吉乃さんにあげた指輪でしょ?」

 ちらりと、意地悪気に智を見て、ふふふと、笑いを漏らす。

「それはね、実は私が智さんに頼まれて、デザインから装飾まで全て手掛けた、唯一無二の特別なお嫁さんの為のモノなの。ね?智さん。」

 そこで話を振られた智とバッチリと視線が合い、私は体温がドンドン上がるのが判った。

「ぅえ・・・?」

「あら、どうしたの?あなた達、顔色が真っ赤に染まっていてよ?」

 さくらさんは策士だ。そうに違いない。

 私と智が真っ赤になるのは当然だ。

 私達は身体を重ねるどころか、お互いに明るい場所で肌を晒した事もないのだから。
 

 さくらさんは冗談半分だったのだろうか、私と智がなにも反応しない所を見て、口元にタオルを持った手を持っていき、大袈裟に嘆いてみせた。

「まさかとは思うけど、智さん、貴方、まさか、まさか・・・、なの?」

 さくらさんが言いたい事は、痛いほどわかる。

 仮にも2・3年近くも一緒に男女が住んでいて、そういう関係になってないのは、世間一般的にはありえない。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

 無言が肯定だと取ったのだろう。
 さくらさんは急に両手をパンと叩き合わせ、にっこり微笑んだ。

「智さん、私、吉乃さんの病状を先生から聞いてくるから、後はヨロシクね?――全身、拭いてあげるのよ?」

 ハイテンションでタオルを智に渡し、最後は智を焚きつけるように言い、私に意味の判らない「頑張って」という言葉を残し、部屋を出って言った。

(お義母様、何を頑張れと仰るのですか!!)

 さくらさんが出ていった病室は、妙な沈黙が流れた。

 でも、その沈黙は長くは続かなかった。

 ふぅーッ、と、長い溜息を吐いた智は、着ていたジャケットを脱ぎ、腕まくりをした。
 カフスは既に外され、サイドテーブルに置いてあったから、行動も早かった。

 洗面器に張られたお湯にタオルを浸し、固く絞り、腕を優しく拭いてくれる。

「その指輪、持ってたんだな。」

「え、えぇ。」

「どうりでな・・・。探してもなかったはずだ・・・。」

 静かな病室、静かな口調での会話。
 でもそれが心地よかった。

 この指輪は初めて貰ったものだった。

 結婚指輪はダメでも、これなら赦されるだろうと、あの日、こっそりと荷物の中に忍び込ませたのは、私の微かな未練と醜い感情。

 素直になれなくて、だけどこれだけはと。

 ちっとも豪華ではないけれど、単なるチューリップの華が繊細に彫られた細い指輪だけど。

「初めて逢った時に貰ったものだから・・・。」

「・・・、吉乃の好みも知らない時に贈ったモノだからな。だから、気に入って貰えるか判らなくて、苦労もした。」

 智曰く、記念日には私に何かを贈りたいと思っていたらしい。
 けど、私が何も言わず、会話もせず、話し掛ける事も出来ず、花を贈る事しか出来なかったらしい。

 そう言われてみれば、良く花束を持って帰ってきていた。

(なんだ・・・。)

 今思えば、それが不器用な智らしい愛情だと、素直に理解出来、受け取れる。

 クスクスと笑っていると、プチンと、ブラジャーのフロントホックが外された音がした。

「吉乃は着痩せするタイプだったんだな。知らなかった。」

(なっ!!)

 淡々と身体を拭いていく智は、さらりとそんな事を言う。
 
 私は平静を装いながら、言い返した。

「き、着痩せって。それほど大きくは・・・。たったのBだし・・・。」

「胸がデカイだけの女は好みじゃない。」

 こんな状況で交わす会話は、なんだかとても気恥かしい。

 恥ずかしくて顔を伏せてしまった私は、その痛みに吃驚した。

 首筋、項、右耳の後ろにチクリと走る痛み。
 思わず、吐息が漏れる。

「んぁっ・・・、イァ・・・、フぅ。」

 その痛みは、決して痛いだけじゃない、甘い痛み。

 耳元で濡れた音がし、左耳を甘噛みされた途端、私の身体は素直になっていた。

「ふぁ・・・っ、あっ・・・っ。」

 クスリ、と、愉悦に染まった智の笑い声。

「吉乃は本当に耳が弱いな。」

 撫でられている背中が、腹部が、むず痒くて熱い様な気がするのは、きっと気のせいじゃない。
 ゾクゾクしたり、疼いたりするのも、触れている人が好きな相手だから。

 ふるふると快感に震えていた私は、自分でも気付かない内に、快感に蕩けた表情を浮かべていた。
 それに気付いたのは、智の苦笑交じりの言葉が聞こえたから。

「今は誘うな。ほら、新しい着替えだ。」

 そっちが仕掛けてきたクセにと、潤んだ瞳で智を睨みながら、着替えを受け取り、身に着けた。

 火照る身体に、新しい病衣はさらっとしていて心地よかった。

 人心地つき、気を緩めていた私は、智の手が下半身に伸びている事に気付かなかった。
 気付いた時には、どうやったのか、ズボンが脱がされ、温かいタオルで拭かれていた。

「ゃ、恥ずかしい・・・っ。ヤメテ・・・っ」

 脚を拭かれる事が、こんなに恥ずかしい事とは思わなかったし、知らなかった。

(今なら、恥ずかしさで死ねる。)

 今、私の脚を持ち上げ、拭いている手は、普段は多くの従業員とその家族の生活を支え、守る為に、パソコンや万年筆、何ヶ国もの色々な新聞のページを括っているモノ。
 
 ふいに、その手が止まり、僅かに震えた。

「吉乃、手術で治るとしたら、お前は受けてくれるか・・・?」

 不安に彩られた智の声音に、私は何も言えなかった。

「どうして、お前だったんだろうな、吉乃・・・。」

 その小さな呟きを聞いて、私は決意した筈だった。

 二度と貴方を悲しませたり、傷つけたり、一人にしないと。
 なのに、それを私は破ってしまった。

 ごめんね、智。
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